脂漏性湿疹はわたしのせいなの?

初めての子育てで右も左もわからなかった私です。

 

抱っこしてもなきやまない、おっぱいをあげても泣いている。

 

でも夫や自分の母が抱くと泣き止む。

 

もう嫌になりました。

 

きっとこの子は自分のことが嫌いで嫌いでしょうがないんだと、勝手に自分を責めてばかりいました

 

それに子供は脂漏性湿疹がひどくて顔も頭も前進真っ赤。

 

泣くとよけに赤くなり、かきむしりました。

 

実の母には「食べるものが悪いから、おっぱいから変なものが出ているんじゃないの?」と言われたり、夫の両親からは「家が汚いから脂漏性湿疹になるんじゃない?石鹸は何を使っているの」などと言われました。

 

そして挙句の果てには「何か悪い霊がついているかもしれないから、お払いにいかない?」とまで言われました。

 

私はそんな周りの言葉にうんざりしていました。

 

住んでいるところが田舎だったため、小児科はたった一軒。

 

そこへ毎週のように脂漏性湿疹を見せに行っても一向に良くなる様子はなく、渡された塗り薬をぬってもよくなるどころかどんどんひどくなるのでした。

 

そんな時に薬剤師をしている兄嫁に相談しました。

 

すると病院で処方されている塗り薬は、脂漏性湿疹には合わないんではないかと言いました。

 

私はびっくりして電車にのって隣町の小児科へ連れて行きました。

 

すると先生に「なんでこんなん使ってきたの?ダメだよ。

 

脂漏性湿疹はほっといたら時期が来たら治るんだから、何もしないのが一番」と言われました。

子育て

私はがっかりして、しかも何も薬は処方してもらえず家に帰って脂漏性湿疹のことをよく調べました。

 

すると隣町の小児科の先生の言うことが正しいことを知り私は何も子供に薬を塗らないことに決めました

 

6か月が過ぎる頃には少し落ち着いてきて1歳にはほかのお子さんと同じとまではいきませんがだいぶ良くなりました。

 

そして2歳までにはつるつるのお肌になりました。

 

しかし周りの人からいろいろ言われて私もストレスがたまり、おっぱいもあまりでなくなっていました。

 

体重もあまり増えず今度は体重の事で周りから心配されました。

 

子供が心配なのはわかります

 

でも一番心配しているのは子供の母親と父親です。

 

その母親父親を余計に心配させるようなことはあまり言わないでほしいものです。

 

子育ての苦労を少しだけ忘れさせてくれたこと

子育てって本当に苦労が絶えないし、しんどいことも本当に多いなと実際にやってみて痛感しているんです。

子供を持つまでは、ただただかわいいもの

うらやましい

って思っていました。

 

子供が欲しいって軽く言っていた過去の自分を殴ってやりたいと思ったことも一度や2度じゃないです。

 

ですが、私がすこし子供との時間を楽しめるようになったのは、ベビーモデルを始めたのがきっかけでした。

 

最初は、本当に興味本位で写真を送ってみたんです。

すると、見事に一次審査に合格しました。

そして、オーディションの参加を案内されました。

 

最初はうそだろう、とか、だれでも受かるでしょ?なんて考えもありました。

ですが、ずっと赤ちゃんと引きこもっていた私は、これがなにかのきっかけになればいいな、そんな気持ちでオーディションに行ってみることにしたんです。

 

行ってみるとうちの子はなぜか人見知りもせず、とてもニコニコでごきげん。

そして、なにより楽しそう!

オーディションの審査員の方も「カワイイ」と行ってくださるほど愛想を振りまいていました。

 

えっ?こういう場所好きなの?

ちょっと驚きでした。

 

なかなか社会とのかかわりが少なくなる中、見事二次オーディションに合格したわが子は、ベビーモデルも育成している子役プロダクションに入ることになりました。

 

ベビーモデル募集情報はこちらです

>ベビーモデル・赤ちゃんモデル募集

>オムツモデル募集情報

>パンパースモデル応募

 

そして、雑誌やオムツパッケージのお仕事を運良くいただくことができ、親子ともども、とてもいい経験をさせてもらいました。

 

決して、超有名子役にしたいとか、将来は芸能界でなんて考えはこれっぽっちもありません。

ただ、毎日殺伐としていて、なんの楽しみもなくなっていた私にはとても刺激的で、そこでお友達もでき、楽しく明るく過ごせるきっかけができたなと感じています。

 

芸能活動や子役・赤ちゃんモデルじゃなくてもいいと思います。

なにかサークルとか子育てサロンのようなところでもいいから、

同じような悩みがある人とかかわりをもったり、挑戦したりすることで、

育児を楽しめるきっかけにはなるんじゃないかな?と感じています。

子どもの病気 子も大変だが母も大変!

子どもが病気になり体調が悪いと、母親としては心配で仕方なくなるものです。

 

幼い子どもであると、朝から晩まで付きっきりで看病をするということもあるでしょう。

 

子どものためといえども、母も体力をかなり消耗します。

 

それが兄弟同時期に病気になると母親は気力で乗り切るしかありません。

 

子どもが病気の時に、子の看病で大変だった体験談をお伝えします。

 

子どもが保育園へ入園すると、子どもが次々と病気をもらって来るようになりました。

 

仕方のないことではありますが、こうも頻繁に病気になると看病も大変でした。

 

体調が悪い子どもは夜中もなかなか寝てくれず、食事がとれたと思ったら嘔吐を繰り返し衣類や布団の洗濯が溜まっていく始末、私も睡眠がとれないまま、病気の子どもを親に預けて仕事に行き、会社を早退したり、急遽休暇を貰ったり周りに迷惑をかけて申し訳ないというストレスもあり疲れ果てていました。

 

子も病気でしんどくて大変だけれども、親もこれは大変だと改めて強く感じたのを覚えています。

 

子どもが成長するにつれ免疫がつき、病気にかかることも少なくなってきました。

 

保育園からの呼び出しもほぼなくなり、病気の看病の辛さなども忘れていました。

 

そして第2子が誕生してしばらくすると、再び病気の看病の辛さを一人目の時の倍以上味わう日がやってきました。

 

ある日上の子が保育園で病気を貰ってきたらしく、久しぶりに病気になりました。

 

下の子に病気がうつらないように気を遣いながら、病気で辛そうな上の子を看病していました。

 

下の子の夜泣きも重なり、私が完全に眠りにつけることは子どもが病気の数日間ありませんでした。

 

それでもようやく上の子が回復に向かい安心したのもつかの間、病気が下の子にうつってしまいました。

 

やっと眠れる日が来ると思っていましたが、続けて病気になった下の子の看病に夜も眠れない日がさらに続きました。

 

初めての兄弟でほぼ同時期に病気にかかりましたが、2週間ほどまともに眠れない日が続き、私は気力だけが頼りでした。

 

子どもが病気になることは、免疫をつけ体を強くしていくために必要な過程であり、母親としてしっかりサポートしていきたいものです。

 

しかし、子どもが病気の時の母親の負担はとても大きく大変なものだと改めて感じました

子育ての悩み

大変ではありますが、母親が倒れてしまっては元も子もないので、自分の体も労わってしっかり健康管理をしていきたいものです。

 

何がなんでもミルクを飲まない子

おっぱい大好きの7か月の娘、未だにミルクやお茶といった母乳以外の水分をほとんど受け付けてくれません。

 

産まれて間もなくから1か月検診の辺りまでは母乳と時々ミルクをあげる混合育児でやっていました。

子育ての悩み

1か月の時は80mlをゴクゴクと飲んでいたのに、しばらくミルクをあげずにいたら猛烈な哺乳瓶拒否に遭うようになり、今は5mlを飲むか飲まないか。

 

母乳育児に悩む方もいるのに贅沢な悩みかもしれませんが母乳しか飲まないと言うのも、それはそれで大変なのです。

 

2か月の頃だったでしょうか、久しぶりにミルクを上げようとすると物凄い勢いで泣かれてしまいました。

 

今日はそんな気分じゃなかったのかなと思い、後日また思い出した時にトライしてみるとやはり大号泣。

 

覚えたての喃語で何やら怒りを表現していたのを覚えています。

 

これが世に聞く「哺乳瓶拒否」かと思いました。

 

その頃の私はまだ余裕があったので、「乳首やミルクを変えれば好みのものが見つかるかもしれない。

 

」「搾乳して母乳にすれば飲むかも。

 

母乳で慣れたらミルクに移行すれば・・・」と甘い考えでいました。

 

が、しかしどれも彼女のお気に召すことはありませんでした。

 

「ママが居るから母乳がもらえると思う。

 

パパなど別の人にあげてもらったら飲むかもしれません。

 

」と言うのもよく聞くアイディアですが、我が家はダメでした。

 

娘がよく眠っていたので近所まで買い物へ行く間パパに見ていてもらったのですが、帰宅すると娘が大泣きしています。

 

何事かと思って部屋へ急ぐとギャン泣きの娘とミルクを片手に途方にくれているパパの姿がありました。

 

この時に私は「ああ、この子はミルクは絶対飲まないんだな」と諦めました。

 

そもそもどうしてミルクがあげたかったかと言えば、自分が割と体力がないのでヘトヘトの時にはミルクを足したいなという思いや、まだ小さい下の子をパパに任せてたまには上の子と外出したいという思い、いずれは保育園に預けたいと思っていたので哺乳瓶に慣れていて欲しいという思いもありました。

 

でもこの無理だと思った時に私は何かあった時に薬を飲むこともできないし、私が居なくなったらこの子はどうするのかなという不安もまた込み上げてきました。

 

幸いなことに私には何もなく、とにかく頑張って毎日昼となく夜となく大好きなおっぱいをあげる日々でした。

 

離乳食もあんまりお気に召さないようなのでこの日々はもう少し続きそうです。

 

つらかった!3歳前まで続いた授乳

出産してから母乳で育てていました。

妊娠中の大変さ

母乳育児をしているママたちはみんな1歳を過ぎたら卒乳と言っていました。

 

私も何となくその頃には授乳が終わるのだろうと思っていましたが、離乳食が全然思うように進まず、1歳頃まで食べ物はほとんど口にすることなく、ぶどうだけ何粒か食べてくれる感じで後はずっと母乳でした。

 

離乳食について調べたり人に聞いたりして色々とやってみましたが、まったく食べてくれなかったため、食べてくれるようになるまで気長に待とうと思っていました。

 

1歳を過ぎるとまわりのママたちは母乳の回数を極端に減らしたり卒入するママたちが増えてきました。

 

私の子どもはまったく他の食べ物を食べてくれなかったので母乳メインの日々が続きました

 

そうこうしているうちにあっという間に1年が経ち、少しだけ他の食べ物も食べられるようになってきました。

 

日中の母乳を欲しがる回数も少しだけ減りました。

 

しかし夜中の授乳は前よりも状況が悪くなりました。

 

前は母乳を飲んでしばらくしたらそのまま寝るか、抱っこでゆらゆらして眠りにつくという感じでした。

 

元々夜中の寝つきが悪く、抱っこを1時間ほどしてやっと眠ったと思ってお布団に置いた瞬間、また泣いてさらに1時間抱っこということはよくありましたが、その頃は抱っこよりもおっぱいを加えた状態でないと寝付けなくなってきていました。

 

抱っこしても泣き叫び、おっぱいを加えると安心して寝付けるようでしたが、それでも40分前後くわえたままなのでとてもつらく感じました。

 

ようやく寝たと思ってお布団に下ろすとまた激しく泣き出し、またおっぱいを40分前後くわえるという感じで、いつもその状態で私も寝ていました。

 

そのため朝起きてもあまり寝た感じがせず、常に疲れていました。

 

これはいつまで続くのだろうと先の見えない不安でいっぱいでした。

 

昼間思いっきり遊ばせて疲れたら夜もしっかり眠ってくれるのではないかと思いましたが、お昼寝で回復し夜はとても元気になります。

 

夜も一緒に遊んで、疲れて寝るだろうと思っても、母乳をほしがりずっとおっぱいにぶらさがっているのが本当につらかったです。

 

2歳から10か月ほどそのような時期が続きましたが、3歳になる少し前にだんだん夜の母乳の回数が減ってきて、3歳で完全にバイバイすることができました。

 

3歳を過ぎた息子とおばあちゃのケンカ

我が家は姑と同居をしています。

 

息子が赤ちゃんの頃、姑は初孫がとにかく可愛くて、毎日のように可愛がってくれていました。

 

私が家事をする間は、よく息子の面倒を見てくださったり、一緒に遊んでくださったりと、息子もおばあちゃんに懐いて仲良くしていたものです。

 

しかし、息子が3歳くらいになると息子もだんだんと色んなことが分かりだし、徐々におばあちゃんから離れていくようになりました。

 

おばあちゃんは歳のせいで耳が遠いので、せっかく息子が話しかけても聞こえていなかったり、説明しても誤解したり、意思の疎通がスムーズにできず、息子も子供なりにイライラしている様子でした。

 

そしてどんどんおばあちゃんに対して、反発的になっていきました。

 

また、おばあちゃんはやたらと心配性な為、アレもコレも手出し口出しをすることが多く、だんだん息子も面白くない、ことが増えていました。

 

そんな孫の様子を察した姑はもちろん、気分が良くありません。

 

可愛くて仕方がない孫が、だんだんと反抗的な態度をとったり、言うことを聞かなくなるので面白くないと言います。

 

私ももちろん、息子の気持ちは姑と同居している嫁として、姑の性格や歳のせいでの支障が分かるので、悪気がなくともついついイライラしてしまう気持ちも理解できます。

 

また、姑が可愛い孫にそんな態度をとられて面白くない気持ちも分かります。

子育ての苦労

私は間に入り、そんな息子と姑2人の仲裁をする日々が始まりました。

 

しかし、小さい時のように可愛いだけじゃなく、どんどん自由勝手な行動をとり、言うことも聞かない孫にイライラして不満が募るおばあちゃんと、そんなおばあちゃんの言動が嫌でたまらない息子の溝は深まるばかりです。

 

息子にはその後何度も、おばあちゃんは凄い凄いあなたのことが大好きなんだと言うこと、そして可愛いからこそ心配してるんだっていうこと、そしておばあちゃんになるとどんどん耳が遠くなるから優しくしてあげないといけないということなど、たくさん話をしました。

 

息子も、小さいなりにママの話に耳を傾けて、それなりに理解をしようとしている姿を感じました。

 

それから数年経ち、随分息子もおばあちゃんのことを理解できるようになり、配慮して接したりと変化が見られます。

 

けど、簡単に解決出来ることではないです。

 

この先もみんなで相手の気持ちを考えて暮らして言えるように、言葉かけをしていきたいものです。

腕の中で暴れてこけてしまったことも。

初めての子は女の子でしたが、子育てもどうしていいのかわからないので、泣くと抱っこしてと必死に子育てをしていました。

 

私はご飯を食べる元気もなく、とにかく寝たいという思いでした。

 

長女は夜、なかなか寝なかったので、寝るまでずっと抱っこしていたり、ドライブに連れて行ったり、寝かせてつけるのに苦労しました。

 

そのな風に育ててしまったので、すごくママっこになってしまい、私が抱っこしないと泣き叫んでいました

 

下には2歳違いの男の子が生まれて、下は男の子だし、長女のようにママっこにはしないでおこうと決心していました。

 

男の子なのでお父さんに遊んでもらってと思っていましたが、普段は私しかいないので1日中子育てしないといけないし、子供がお昼寝している時だけが休憩でした。

 

息子が2歳ぐらいになると魔の2歳児というように全然言うことを聞かないし、力は強いわでびっくりしました。

 

女の子と男の子ではこんなにもちがうのかと。

 

欲しいものがあると泣き叫んで暴れまくって欲しがり、私がダメだというといっそう暴れるのです。

 

抱いてその場所から離れようとすると、全身をバタつかせて暴れるので子供を抱いたまま転んだこともありました。

 

あまりの痛さと全然思い通りに子育て出来ないと落ち込む感情とで悲しくなったことも何度もありました。

 

また、別の日には駐車場で車に乗らないというので抱っこして車に乗せようとしたら、また、泣き叫んで暴れたので長男を落としてしまったこともありました。

 

擦り傷をおわせてしまったので、ほんと反省でした。

 

また、ある時はエスカレーターから落ちて頭を切ったり、ケガばかりしていました。

子育て

男の子は力も強いし、元気なので子供2人連れて出かける時はほんとにヘトヘトでした。

 

4歳と2歳だと3人でお風呂に入っても遊び疲れているのでお風呂で温まると2人とも寝てしまって起こしても起きないので2人とも抱いたままお風呂から出ようとして腰を痛めたり、散々な思い出もいっぱいです。

 

今になると笑い話ですが、その時はほんとに疲れ果てていました。

 

もう、大きくなって手がかからなくなってきましたが、違うことで心配することもいっぱいあり、いつまで経っても悩みはつきないなぁと思っています。

 

それでも子供の成長はすごく楽しみです。

 

離乳食拒否でとことん落ち込む日々

今まで育児をしてきた経験を振り返り、一番大変だったなと思う事は、ズバリ離乳食です。

 

離乳食と言うのは、今まで母乳やミルクだけで過ごしてきた赤ちゃんが、少しずつ大人と同じものを食べるようにするご飯のこと。

子育ての苦労

初めて離乳食を与える頃は、できるだけ子供に喜んでもらうものを作ろうと張り切っていました。

 

少し高めの出汁を奮発して購入したり、かわいいキャラクターの食器を揃えたり。

 

そしていざ離乳食が始まり、1ヶ月ほど経ったとき、心が折れそうになっていました。

 

というのも、子供がとにかくご飯を食べてくれなかったのです。

 

スプーンでおかずを口元まで持っていっても、頑なに口を開けようとはしません。

 

それでも何とか食べてもらおうとすると、今度は腕を振り回して暴れ出します。

 

食器ごと床にぶちまけるので、後片付けも大変。

 

せっかく時間をかけて作ったご飯を、1口も食べてもらえずに掃除する時は、本当に虚しい気持ちになりました。

 

周りの人に相談をしても、ほとんどの子供がスムーズに離乳食を食べてくれていると知り、ますます気持ちが落ち込むばかりです。

子育ての悩み

「いつかいっぱい食べてくれるようになるよ」「そこまで気にすることないよ」とはげましてはもらえるのですが、実際に離乳食で悩んでいる人とそうでない人とでは、なかなか分かり合えない部分もありました。

 

何とかしてご飯を食べてもらおうと、様々な工夫をしてみました。

 

おにぎりにしてみたり、硬さを調節したり、ほんのり味付けを加えてみたり、フルーツと混ぜて与えてみたり。

 

しかし、何をやっても結果は変わりませんでした

 

努力すればするほど、結果が伴わないので余計にイライラしてしまいます。

 

さらに、次第に離乳食の回数を1日に2回、そして3回えと増やさなければなければなりません。

 

現状ですら辛いのに、さらに回数が増えるとなると、さらに憂鬱になりました。

 

そんな苦戦した離乳食ですが、始めてから3ヶ月ほど経った頃、ようやく改善の兆しが見えてきました。

 

少しずつ食べてくれるようになり、今では悩んでいた頃が嘘のようにパクパクと食べています。

 

離乳食の悩みが消えて安心しましたが、今でもあの頃を思い出すと「大変だったな…」とよみがえります。

 

突然やってきたいやいやっ子にイライラ

初めての子育て

育児のお悩み

それなりに緊張するし、不安だし、なにが正しいのかなんて分からずに、がむしゃらに自分の中では頑張っているつもりで、育児してました。

 

新生児期は里帰りもしてたし、娘は割とよく寝る子で、それは自宅に帰ってからも変わらず。

 

完母でしたが、よく飲んで寝て、機嫌よくにこにこしてました。

 

離乳食が始まった5ヶ月以降も、アレルギーもなく、初めての食材も嫌がる事もなく、準備したご飯はパクパクと完食。

 

離乳食が進んで行っても。

 

もりもり食べて、不安なんてないよと平気で言えるくらいでした。

 

1歳を過ぎると歩く様になり、不安定さはありましたが、娘なりに自分で歩く事を楽しみ、喜んでいました。

 

私も主人も、娘と手を繋いで散歩ができる事に、娘の成長を噛み締め、『可愛いね』と喜んでいました。

 

1歳前には卒乳もスムーズにして、夜に寝る前にフォロミを飲んで、朝までぐっすり眠る娘でした。

 

この子は育てやすいのかなーと、娘の成長をうきうきと楽しんでいたある日、それは急に始まりました。

 

今まで食べていたはずの食材を食べずに、口から出す。

 

好きな物しか食べない。

 

食べさせようとするなら泣く泣く。

 

靴、靴下全拒否。

 

履かせたら最後、脱ぐまで泣く。

 

だけどお店では自由に歩きたい!カートなんて乗らない!と、何もかも嫌がる娘になってしまいました。

 

いろいろ対策もしました。

 

苦手な野菜を汁物にしたり、ハンバーグに入れたり、刻んで混ぜご飯にしたり…。

 

それでもダメでした。

 

むしろ何かいつもと違う事を感じて、余計に食べなくなりました。

 

娘の好きなキャラクターの靴下や靴を準備してはかせてみましたが、一瞬指を指して喜ぶものの、ほんの一瞬です。

 

次の瞬間には、泣きながら靴下や靴を脱ごうとします。

 

楽しみがあれば気を取られて忘れてかるくかもと公園にも行きましたが、気なんて取られず、泣いて脱ぐの繰り返しです。

 

靴は吐きたがらないのに歩きたいと泣くため、9キロ後半の娘を抱っこ紐で抱っこして買い物に行きました。

 

私にはそこそこのストレスでイライラして、検索魔になりました。

 

『食べなくても、食べれるもので大丈夫』『靴も一旦離れて忘れた頃にまたやってみたら、意外と子どもも成長していて、すんなり履くことも』の文を見て、頑張るのをやめました。

 

今では苦手だったのも調理法によっては食べるし、靴下は嫌がるけど靴もギリギリはいてくれるようになりました。

 

誰にも頼れない、妊娠中の育児の苦悩

現在二児の母である私が、次男の妊娠が分かった時、長男はまだ1歳になったばかりでした。

子育ての悩み

長男は言葉が遅く、全く喋りません。

 

意思の疎通も、こちらの言っていることの少しは理解しているかな、というレベルです。

 

つわりは軽かったのでなんとか乗り越えられましたが、お腹が大きくなってからがとても大変でした。

 

妊娠後期になっても、長男は外遊びが大好きなのでお出かけは必須でした。

 

しかも、午前も午後も最低一回は外に出ないと、泣き喚いて暴れてしまうほどです。

 

私は長男のために、公園へ行ったりショッピングモールのキッズスペースへ行ったり、普段通り遊びに行きました。

 

まだ幼いため、車の乗り降りは抱っこしなければならず、体への負担もかかりました。

 

歩くのも、長時間はこたえ、毎日苦痛の日々でした。

 

一番こたえたのは、スーパーのショッピングカートを嫌がることです。

 

足をバタバタ、体を仰け反り抵抗する息子を、必死で抑えカートに入れていました。

 

お腹が大きいため、体力も使いましたし、うまくできずイラついてしまうことも多々ありました。

 

そんな風に頑張っていても、誰も助けてはくれません。

 

夫は仕事の忙しい人で、平日は7時前には家を出て、夜は21時ごろ帰ってきます。

 

土日も休日出勤が多く、なかなか1日休みがありません。

 

どちらの両親も仕事をしており、簡単に息子を頼むことは出来ませんでした。

 

専業主婦で使えるお金も限られているため、保育園や託児所などに預けることは考えられません。

 

私は一人で息子をみるしかありませんでした。

 

また、妊娠中には激しい睡魔に襲われました。

 

もう少し休みたい…そう思っても、息子に分かるはずがありません。

 

ふらふらになりながらお出かけをし、できる限りいっしょに昼寝をしました。

 

しかしそこにも問題がありました。

 

どんなに睡魔に襲われていても、胎動が激しく、脚には痙攣が起きるため、なかなか寝付けないのです。

 

一度どうしても体がしんどく、午前のお出かけをあきらめ、お家で遊ばせ、昼寝させようとしたことがありました。

 

当然息子は外で遊んでから昼寝するものだと思っているため、全力で寝ることを拒否しました。

妊娠中の大変さ

とにかく泣き叫び、私の顔を踏みつけていました。

 

私も涙が止まらずただただ耐え、30分ほどしてようやく息子は眠りました。

 

寝顔を見て、やり切れなさにまた涙しました。